ビジョン(Vision)

インフラ管理を民主化する

1994年、一つの会社が世界を全く別のものに変えてしまった。ネットスケープコミュニケーションズ。米国でジム・クラークとマーク・アンドリーセンが創業したこの会社は、World Wide Webというインターネット上にある、無数の情報にアクセスするためのツール(これをインターネットブラウザという)「Netscape Navigator」を発表。この「Netscape Navigator」を通じて、世界中の人々がインターネット上にある情報に、基本的には無料でアクセスすることができるようになった。その日まで、人々にとってのニュース、知識や情報というものは、基本的に有料かつアクセス制限がかかっているものであり、中央政府、巨大なメディア企業、また大学や研究機関によって独占的に保持されることにより、望むと望まざるとにかかわらず、これらの機関の権力拡大・維持に繋がっていった。しかし、このブラウザ「Netscape Navigator」の発明によって、「権威ある機関」が発信する情報だけに囲まれていた人々は、無数の人々が自ら発信する情報に触れることができるようになる。人類における、情報の民主化が始まった瞬間だった。やがて、インターネット上で中央政府の情報隠蔽は暴かれ、メディア企業は無数の個人メディアの即時情報に取って代わられ、大学に通わずとも知識を探求する権利が人々にもたらされた。世界は確かに変わったのだ。
しかし、インターネットの発明、またインターネット上の情報を閲覧するソフトウェア「Netscape Navigator」の発明によって、変わらないものもあった。なぜ公共サービスは、今もなお、のろまで、高く、また効率的ではないのか?水道代、電気代、ガス代、ガソリン代、電車賃や高速道路の利用料金は、インターネットの発達によって、はたして安くなっただろうか?公共サービスに対する不満は、どこの国においても似たりよったりである一方、インターネット技術は、ここに構造的な変化をもたらすことはできなかったのか?インフラストラクチャーと呼ばれるこうした領域は、強い規制、高額な初期投資を伴う参入障壁により、結果として独占ないし寡占状態を維持する公共体もしくは企業群によって牛耳られている。民主主義を是とする社会においては、中央政府も、地方政府も、メディアも大学も、人々に対して開かれるべきであり、かかる民主化に革命を起こしたのがインターネット技術であるならば、本来無数の人々によって使われるべき公共財を提供するインフラ企業もまた、市民にとって開かれるべきではないか。
こうした問題意識を持って集まった集団が、我々Whole Earth Foundationである。インフラ企業、またそれらが作る構造物(インフラストラクチャー)というものは、ひとたび土木的活動によってそれが形成されると、残るは維持管理を行うのみである。多くの国においては、この維持管理に莫大な費用(税金や、税金同等のような公共料金、またガソリン代などによってこれが賄われている)が使われる一方で、継続的に事故が続いている。その公共料金は、本当に必要な公共料金か?その事故は防げなかったのか?答えは分からない。これは「Netscape Navigator」が発明される前、かつてメディア企業が情報を独占していた頃の状況に近く、どんなニュースであれ、「私たちクオリティ・ペーパーが発信した情報なので、あなたはそれを信じるべきであり、またこれだけの情報対価を払うべきだ」と一方的に言われているようなものだ。正しい可能性もあるが、間違っている可能性もある。インターネットが生まれ、市民発信の記事が「Netscape Navigator」に乗ることにより、中央集権的に牛耳られた情報の非対称性が崩れたように、市民発信の情報が、インフラ管理に革命を起こせる機会はないだろうか?こうして我々は、莫大な点数のインフラ資産を、少数の人手やセンシング技術によって管理しようとするのではなく、今や市民が必ず手にしているスマートフォンなどのセンシングデバイスを利用すること、またこうした市民活動に対して確かな報酬を配ることによって、これを解決する道を模索したのである。
水道関連インフラに関して、一例を挙げよう。日本全国には、下水道関連のマンホールが1,500万基ほどあるとされ、そのうち300万基ほどが耐用年数を超えていると言われる。こうしたマンホールに対し、下水道局は修繕や更新をかけていくことになるわけだが、この方法は、「壊れてから(事故が起こってから)交換する」という受動的なものか、もしくは「年齢順に交換する」という、非常に非効率なものである。なぜ非効率なのか?それは、いくつもの環境要因によって、必ずしも年齢順にマンホールが劣化するわけではないからであり、これは年齢だけをベースに人間の健康状態を診断することが、必ずしも正しくないことに似ている(健康診断の問診票に、あなたは定期的に運動をしていますか?お酒をどれくらい飲みますか?などといった項目があるのを見たことがある人はわかるだろう。こうした後天的行動要因が、病気の発症に大きく影響していることが知られている)。しかし、この1,400万基のマンホールの表面写真を市民がすべて撮り尽くすことができたらどうだろう?我々が開発した『TEKKON』の試験版アプリでは、東京都渋谷区に存在する下水道マンホール10,500基を、市民のスマートフォンを使うことによって、たった3日ですべて撮り終えることに成功した(これは下水道局が保有し得なかったデータである)。このペースで行けば、日本中、いや世界中にあるマンホールの写真を撮り終えることに現実味が出てくるということだ。こうして実際の状態を前提に交換するマンホールを選定することで、莫大な更新投資金額を30〜40%も削減できるという試算を行っている。公共インフラの市民による状態監視、また公共料金の削減に、現実味が出てくるのだ。
このような背景から、市民の力を使ってインフラの状態を把握することができるWeb3アプリ「TEKKON」が誕生した。
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